
DXは「デジタル化」ではない──顧客価値から始まるビジネス設計
これまでの連載では、「DXビジネス検定公式テキスト」に掲載されている事例をもとに、さまざまな業界のDXを見てきました。
過去9回で取り上げた企業は、タイミー、minne、U-NEXT、スタディサプリ、ONIGO、JR東海、CAINZ、スターバックス。
本連載を通じて注目して欲しいのが、扱ってきたのは、デジタル企業だけではないという点です。人材、教育、小売、物流、交通、リアル店舗など、業種もビジネスモデルも異なる企業です。しかし、これらの事例には共通している点があります。DXを「デジタル化」や「IT導入」としては捉えていないという点です。
アプリを作ることや、AIやデータを使うこと自体が目的なのではありません。顧客のニーズやペインを起点に、価値の生み出し方そのものを見直し、実装手段としてデジタルを組み込んでいる視点が、一貫しているDXの捉え方です。
DXの出発点は「顧客の困りごと」にある
DXという言葉は、
「アプリを作ること」
「AIやデータを使うこと」
「業務を効率化すること」
といった意味で使われがちです。しかし、今回取り上げた企業の多くは、そういった手段、技術の視点から発想していません。

・タイミーは「働きたい時間」と「人手が欲しい瞬間」が噛み合わないというペイン
・minneは「作り手が売り続ける仕組みがない」という課題
・U-NEXTは「見たいコンテンツが分断されている不便さ」
・スタディサプリは「学習の継続が難しい」という壁
・ONIGOは「今すぐ欲しいのに買いに行けない」という不満
・JR東海は「移動が煩雑」「駅が通過点になっている」という課題
・CAINZは「暮らしの中の小さな不便」
・スターバックスは「日常の中に安心して過ごせる居場所が少ない」という感覚的ニーズ
いずれも、顧客のニーズやペインが起点になっています。つまり、これらのDX事例に共通しているのは、デジタルをどう使うかではなく、「顧客の困りごとをどう解消するか」をゴールに、そこから逆算してビジネスを設計しているという点にあるのです。
デジタルは「価値を実装する手段」にすぎない
重要なのは、これらの企業が「デジタルを使ったから成功した」のではなく、
「顧客価値を高めるためにデジタルを組み込んだ」という点です。
UX、レコメンド、CRM、API、サブスクリプション、OMO、SPA、D2C。
これらは目的ではなく手段です。たとえば、スターバックスのモバイルオーダーは、効率化が目的ではありません。
「その人にとって心地よい来店体験を選べるようにする」ための仕組みです。
CAINZのアプリやCRMも、「データを取ること」自体が目的ではなく、
「暮らしの不満を商品と売場に反映する」ために存在しています。
デジタルはそれ自体が目立つ存在である必要はなく、顧客価値を高める目的でビジネスモデルに組み込まれた、顧客のニーズに応えるための手段であり、DXとは「デジタル技術を使ってビジネスを作り直すための設計図」なのです。
成功企業に共通するDX設計の視点
連載を通じて、業種や規模の異なる企業事例を複数見てきましたが、DXが機能している企業には、いくつかの共通した設計視点があります。それらを3つのポイントにまとめます。
1.中心となる価値が明確である
成功している企業は、最初に「何を価値の中心に置くのか」を明確に定めています。
「時間」「学び」「暮らし」「移動」「居場所」といった、顧客の日常や行動に根ざしたものです。重要なのは、商品やサービス単体ではなく、顧客のどのニーズ、ペインを解決するかを明確にしている点です。この軸が明確なので、施策や機能が増えても方向性がぶれません。DXでは色々な機能を実現できますから、価値の軸が曖昧な企業ほど、顧客に施策が届きにくくなります。
2.顧客接点が一気通貫で設計されている
成功している企業では、顧客との接点が一部の機能に閉じるのではなく、全体としてつながっています。オンラインとオフライン、購入前・購入中・購入後といった体験が分断されません。
たとえば、アプリで調べ、店舗で体験し、購入後もコミュニケーションが続くという流れが自然に設計されています。重要なのは、顧客側の体験の流れ(カスタマージャーニー)が途切れないことです。システムや部門の都合ではなく、顧客の行動や感情の流れに沿って設計されている点が、DXとしての完成度を高めています。
データやデジタルを「やりすぎない」
成功している企業ほど、データやデジタルを前面に出しすぎません。すべてを自動化しようとはせず、あえて人が介在する余地を残しています。効率化すべき部分はデジタルに任せ、感情や関係性、判断が求められる部分は人が担う。この切り分けが明確です。
DXで重要なのは、最新技術を前面に押し出すことではなく、デジタルを通じて顧客に寄り添うことです。「良い顧客体験を実現すること」が成功につながるのです。
まとめ
DXビジネス検定に登場する用語は、暗記するためのものではありません。
OMO、CRM、UX、LTV、プラットフォーム、サブスクリプション。
これらはすべて、「どんな顧客価値を、どんな構造で実現しているのか」を考えるための手段です。

用語を知ることで、
・ビジネスモデルの意味は何なのか。
・なぜそれが選ばれているのか。
・自分のビジネスに当てはめると、どこを組み替えられるのか。
こうした問いを立てられるようになります。DXビジネス用語は、意味を覚えるためのものではなく、思考の視点を増やすためにあります。連載を通じて見てきた事例が示しているのは、DXが流行語でも、IT施策手段でもないということです。顧客のニーズやペインを起点に、
・顧客価値を定義し、
・デジタル技術でその価値が持続的に回り続ける構造を設計する。
この一連のビジネス設計思想こそが、DXの本質です。DXは、特別な技術を持つ企業だけのものではありません。顧客と向き合い、自分たちのビジネス構造を見直そうとするすべての企業に、DXの入り口があるのです。
本連載をお読みいただきありがとうございました。この連載が「DXビジネス検定に出る用語を覚える」ことにとどまらず、「自分のビジネスをどう再設計するか」を考えるきっかけになれば幸いです。

DXビジネスアンバサダー
岸 晶子
きし あきこ
都市銀行勤務後、出産を経て専業主婦に。3人の子育てが一段落した際にデジタルリスキリングを実施。その経験を活かしDXビジネス教育に関するコラム記事や大学向け教材作成などを手がける。


