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特集2 現場の事例で学ぶマネジメント連載ヒューマン・マネジメントのテクニック(2)

●事例

 私が中堅SEだったころの話である。あるとき私は、いくつかの小規模なシステム開発プロジェクトを担当した後、大規模なプロジェクトのプロジェクト管理スタッフに任命されることになった。

 それまで私は、よく知っている業務システムに関するプロジェクトマネジメントしかやったことがなかった。つまり、業務もシステムも熟知し、一緒に仕事をする人間もよく知っている中で仕事を行っていたのである。

 しかし、新しいプロジェクトは、業務も関係する人間もそれまでとは異なっていた。このプロジェクトで私の上司としてPMを務めたのが、同じ会社の木村(仮名)という男である。木村は私よりも10年上で課長クラス。厳しい人間で仕事がよくできると評判であった。そのため、私は自分の考えや問題解決手法を木村にアピールできる機会に恵まれたと喜んだものである。

 ところが、自信満々にスタートした新しい仕事は思い通りにはならなかった。新しい業務には、過去の知識や仕事のやり方があまり通用しなかったのである。まず、業務知識がない。さらに、私のポジションが微妙だった。私の立場はPMである木村の代理であるり、決定権はない。このため、私の意見は現場でさほど重要に受け止められないのである。木村が直接現場を指揮すれば速いのだが、木村は現場に出向かず、私に全ての運営、管理を行わせようとする。こういう状態だから、現場を管理できるわけがない。現場はそれぞれの考えで動こうとし、私がそれをコントロールできない状態となった。このため、プロジェクトは進まず、進捗遅れが目立つようになった。

 私は、私の言うことを聞かない現場に苛立ちを感じるようになった。自分はプロジェクト管理スキルがあるのに、現場がいうことを聞かない、現場の要員の問題があると強く思うようになったのである。

 それまで、私は木村に状況を適宜報告していたが、はじめは私に任せていた木村も、進捗が遅れはじめたころから私の管理能力に不足を感じ、次第に厳しく言うようになった。私は、毎日要求されたプロジェクト管理運営案や課題への対策を作成し、木村に説明しては再検討を指示された。これが続く毎日だった。次第に私は精神的に追い詰められていった。あるとき、いままでにない罵倒を浴びて落ち込んだ私が会議室で作業を行っているところへ、木村が入ってきた。以下はそのときの話である。

木村: 芦屋、どうしてお前はプロジェクトを管理できないと思う? 怒らないから正直な気持ちを言ってみなさい。
芦屋: やはり、自分の能力不足です。知識がないし、メンバーとの人間関係もないですし。あと、言いにくいのですが・・・権限がないのが辛いです。私には決定権がないので、現場から重く見られないんです。
木村: ・・・芦屋、問題はお前が信頼されていない点だよ。メンバーから相談を受けても、即決できず、俺に判断を伺うために持ち帰るだろう?だから、現場はお前に相談しても無駄と思っているんだよ。あと、お前が業務を知らないということも大きいよ。お前は新しい業務を理解しようとしているか? 今までの自分の知識の範囲で動こうとするから何もできないんだよ。どうしたら信頼されるかを考えろ。もっとメンバーの話を聞いて、課題を一緒に解決してやれ。

 私は木村の言葉に反論できず黙って聞いていた。確かに木村の言うとおりだ。私は現場に信頼されていない。考えてみれば、私は定例の進捗会議で、話を聞き、現場の要望や課題対策はすべて持ち帰って木村の判断を仰ぎ、それをまた現場に伝えるだけの「伝令」に過ぎなかった。そんな人間の言うことをメンバーが聞くわけがない。非常にあたりまえの話だったのである。

 私は考えた末、メンバーの困っていることをよく聞き、その解決を一緒にしていくことにした。さらに、自分の裁量で決めることができることと木村に相談しなければならないことを分け、木村にすべて相談することをやめた。当然、報告は必要なので、私が判断したことは、理由とともに結果を報告することにした。当初は、私の判断が間違っていることを木村に指摘されることもあったが、自分で考えて判断を行っていく機会が増えるにつれ、木村から「それでいい」「お前がそう考えるならそのようにやれ」という言葉をかけられることが多くなった。

 私の判断で決めれる範囲が増えていくにつれ、現場で即決できることも増え、次第にメンバーが私に何でも相談してくれるようになったのである。不思議なもので、このようなことを繰り返すうちに、メンバーが私の意見を受け入れてくれるようになったのである。

 結局、このプロジェクトが完了するころには、木村はほとんどプロジェクト管理に口を出すことはなくなり、実質的に私がPMとして活動する状況であった。メンバーがリーダーに期待することは表面的な管理ではない。「自分の仕事で困ったことを解決するために努力してくれるか」、これが重要な要素であることをこのときほど強く感じたことはなかった。リーダーになったなら「人に信頼される行動をすること」、これはヒューマン・マネジメントの基礎であることがおわかりいただけたと思う。そこで次回は、応用編としてヒューマン・マネジメントの具体的なテクニックを紹介することにしたい。

 
■芦屋 広太(Asiya Kouta)氏プロフィール
芦屋広太氏 OFFICE ARON PLANNING代表。IT教育コンサルタント。SE、PM、システムアナリストとしてシステム開発を経験。優秀IT人材の思考・行動プロセスを心理学から説明した「ヒューマンスキル教育」をモデル化。日経コンピュータや書籍への発表、学生・社会人向けの講座・研修に活用している。著書に「SEのためのヒューマンスキル入門」(日経BP社)、「Dr芦屋のSE診断クリニック(翔泳社)」など。

サイト : http://www.a-ron.net
連絡先 : clinic@a-ron.net

 
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