
はじめに
今回から、新しいコラムシリーズが始まります。
前回までのシリーズ「そのDX用語、自分の言葉で説明できますか?」では、DXに関する用語について解説してきました。
今回のシリーズでは、そこからもう一歩進んで、
「その知識を、実際の仕事の現場でどう使うのか?」を考えていきたいと思います。
登場するのは、DXにはまだちょっと不慣れな新人社員の岸野さんと、経験豊富な上司の名栗さん。
会社で起きるさまざまな問題に対して、岸野さんが名栗さんのサポートを受けながら解決策を考えていきます。
皆さんも岸野さんと一緒に、
「自分だったらどうするだろう?」
と考えてみてください。
第1回 売上が落ちている 改善にどう生成AIを使うか?
「最近、オンラインストアの売上が落ちている。何か手を打てないかな」
ここはある生活用品メーカーの営業企画部です。
部長からそんな話が出た翌朝、新人社員の岸野さんは、さっそく上司の名栗課長のところへ向かいました。
岸野さんは入社2年目。新しいデジタルサービスが好きで、生成AIも毎日のように使っています。
「課長、昨日の売上の話なんですけど、生成AIを使って広告を作るのはどうでしょう?」
名栗課長はパソコンから顔を上げました。
「どうしてAIで広告なの?」
「え?」
いきなり出鼻をくじかれました。
AIで広告を作れば売れる?
「生成AIなら、広告のコピーも画像も簡単に作れますよね。SNS広告をたくさん作って、お客様ごとに内容を変えれば、売上を戻せるんじゃないでしょうか?」
名栗課長は少し考えてから言いました。。
「そうだね。確かに、生成AIを使えば、これまで人が時間をかけて作っていた広告文や画像を、短時間でたくさん作ることができるよね。でもそれが正しい手段かは別の話だ。売上はどうして落ちたのだろう?」
岸野さんの動きが止まります。
「え、どうしてだろう?」
「広告が悪いから売上が落ちたという確証はあるの?」
「それは、、、調べてません」
「じゃあ、なぜAIで広告を増やしたら、売上が戻ると思ったの?」
岸野さんは答えられなくなりました。名栗課長は優しく言いました。
「まずは一緒に数字を見てみようか」
EC売上が落ちたとき、見るべきこと
二人はオンラインストアのデータを確認しました。前年同月と比べると、確かに売上は15%ほど減っています。
「売上は落ちていますね」
岸野さんが言うと、名栗課長は笑いました。
「それは分かっているよ。知りたいのは、その前に何が起きているかだ。売り上げは結果。ではその売り上げが生まれるまでにお客様はどんな行動をしているのかな?
名栗課長はホワイトボードに書き始めました。
オンラインストアを訪れる→商品を見て回る→買いたい商品を選び、カートに入れる→
購入手続きをする→代金を支払う
ホワイトボードを見ながら名栗課長は言いました。
「僕がこれらの数字を前年と比較したら、オンラインストアを訪れる人の数はそれほど減っていなかったし、SNSから商品ページを訪れる人の数も前年とほぼ一緒だった。」
「課長、広告で人を集める必要、あまりないんですかね」
「そうかもしれないね。もう少し先を見てみよう」
二人がデータを使って調べていくと、「カートに商品を入れた人」の数も大きくは減っていませんでした。ところがその先、購入手続きの途中で離れてしまう人が大幅に増えていたのです。つまり購入途中での離脱が増え、購入率が下がっている状態です。

原因は広告ではなく途中お客様離脱
岸野さんは確認のため、自分のスマートフォンで商品を購入してみることにしました。
オンラインストアに行き、商品を選び、カートに入れます。ここまではスムーズです。
しかし購入画面に進むと、氏名、住所、電話番号、メールアドレス、生年月日など、たくさんの入力項目が出てきました。さらに会員登録を求められ、パスワードには細かな条件があります。
岸野さんは途中で言いました。
「これ、面倒ですね」
「君でもそう思う?」
「はい。僕なら途中でやめるかもしれません」
「だったら、お客様も同じかもしれないね」
調べてみると、数か月前に会員システムを変更した際、購入画面も変更されていました。
セキュリティや顧客管理を重視するあまり、以前より入力項目が増えていたのです。そしてその時期と前後して、購入手続き途中の離脱率が上がっていました。
岸野さんは頭をかきました。
「僕、AIでたくさん広告を作ることばかり考えていました」
ECサイトで見るべき主要な指標
ECサイトで良く使われるのは、KGIとKPIという指標です。
専門的ですが重要なので、以下に説明するのでよく覚えておきましょう。
KGIは「Key Goal Indicator」の略で、日本語では「重要目標達成指標」などと呼ばれます。この会社の場合、「オンラインストアの売上」が一つのKGIになります。
一方、KPIは「Key Performance Indicator」。日本語では「重要業績評価指標」と呼ばれます。KGIを達成するまでの途中経過を見るための指標です。
例えば、
・サイトへの訪問者数。
・商品ページを見た人の割合。
・カートに商品を入れた人の割合。
・購入まで進んだ人の割合。
・一度購入したお客様が再び購入してくれた割合。
こうした数字を見ていけば、「売上が落ちた」という結果だけでは分からなかった原因が見えてきます。
今回のケースでは、入り口である集客よりも、購入手続きの途中に問題がありそうです。
だとすれば、広告を増やすことが最初にやるべきことではありません。
改善案:入力項目削減・会員登録の後回し
翌日、岸野さんは購入画面の改善案を持ってきました。
・入力項目を減らす。
・会員登録を後からでもできるようにする。
・スマートフォンで入力しやすい画面にする。
・どこでお客様が離れているかを継続的に確認する。
名栗課長は聞きました。
「AIは使わないの?」
岸野さんは答えました。
「今回の案もAIも使って考えてきました。AIは間違った手段で使っても意味がないですね。正しい手段を考えるために使うのがいいと思います。」
名栗課長はうなずきました。
「そうだね。DXビジネスを考えるとき、新しい技術から入ると、技術を使うこと自体が目的になりやすい。先に見るべきなのは、お客様に何が起きているかだよ」
岸野さんは、名栗課長と話す前に自分が作った企画書を開きました。一番上には大きな文字で、
「生成AIで広告を作る売上向上施策」
と書いてあります。岸野さんはそのタイトルを
「なぜ、お客様は購入を途中でやめるのか?」
と書き直しました。
「課長。DXビジネスって、デジタルありきじゃないんですね。」
「その方がいいことは多いね」
まとめ DXは“技術ありき”ではなく正しい課題設定とその解決策を考えることから
新人・岸野さん。DXへの第一歩は、とりあえずAIで広告を作ることではありませんでした。
まず、何が問題なのかを考えること。そしてその手段を考えること。そこから物語は始まりそうです。
今回のポイント
仕事の中では、「問題」と「解決策」の関係が正しくないことがあります。
・売上が落ちたから広告を増やす。
・広告はAIで大量に作る。
重要なのは、
「なぜ、その問題が起きているのか?」
を正しく考えることです。
売上だけを見るのではなく、そこに至る顧客の行動の変化を確認する。
デジタルマーケティングもAIも、そのうえで使う手段の一つです。
社内育成に落とすなら(ワーク例)
自社の業務テーマを1つ選び、問題と解決策の仮説を整理する
AIを使う場合は仮説と手段の関係を壁打ちする
施策は小さく試し、数字で振り返る(客観評価する)

DXビジネスアンバサダー
岸 晶子
きし あきこ
都市銀行勤務後、出産を経て専業主婦に。3人の子育てが一段落した際にデジタルリスキリングを実施。その経験を活かしDXビジネス教育に関するコラム記事や大学向け教材作成などを手がける。

