
はじめに
前回は、「レビューマーケティング」と「ライブコマース」を取り上げました。レビューマーケティングは、実際に商品やサービスを利用した人の評価や感想を、購入する人の判断や、商品・サービスの改善に活かす考え方でした。一方、ライブコマースは、動画を生配信し、視聴者からの質問にその場で答えながら商品を紹介、販売する方法です。企業が一方的に情報を伝えるのではなく、利用者の体験や双方向のやり取りを通じて、納得して商品を選べる環境を作ることが重要でした。
今回で、いよいよ最終回です。
これまでの9回では、AIエージェント、RAG、MCP、AEO・GEO、A2A、バイブコーディングなど、DXを進めるうえで知っておきたいさまざまな用語とその考え方を見てきました。しかし、便利な技術を知っている人が社内にいるだけでは、会社全体のDXにはなりません。
最後のテーマは、「デジタルガバナンス・コード3.0」と「デジタルスキル標準(DSS)」です。企業としてDXをどう進めるのか。そして、それを進めるために人はどのような力を身につける必要があるのか。この二つの視点から解説していきます。
デジタルガバナンス・コード3.0とは何か
デジタルガバナンス・コード3.0とは、経済産業省が示す、企業のDX経営を進めるための経営者向けの指針です。
ポイントは、DXを「新しいシステムを導入すること」や「AIを使うこと」など個別のデジタル化だけで終わらせないことです。自社は何を目指す会社なのか、そのためにビジネスをどう変えるのか、どのような組織や人材が必要なのか、成果を何で確認するのかまで、一つの流れとして考えます。
大きくは、経営ビジョンとDX戦略を連動させること、現在の姿(As is)と目指す姿(To be)のギャップを定量的に把握して見直すこと、取り組みを企業文化として根付かせること、という3つの視点があります。
そして、①経営ビジョン・ビジネスモデルの策定、②DX戦略の策定、③DX戦略の推進、④成果指標の設定・戦略見直し、⑤ステークホルダーとの対話、という5つの柱で整理されています。
強調されているのは、DX推進はIT部門の専任業務ではなく、経営者と取締役会の責任であると捉える点です。つまりDXを経営そのものの課題として、経営陣が進める必要がある、ということです。
デジタルスキル標準(DSS)とは何か
では、DXを推進する具体的な方針を決めれば、企業は動くでしょうか。
実際に動かすのは企業内の個々人です。そこで役立つのが「デジタルスキル標準(DSS)」です。DSSは、「DXリテラシー標準(DSS-L)」と「DX推進スキル標準(DSS-P)」の二つから構成されています。
DSS-Lは、すべてのビジネスパーソンを対象にしたものです。DXを一部の専門家だけの話にせず、一人ひとりが社会やビジネスの変化を理解し、DXに参画するために必要なマインド・スタンスや、データ・デジタル技術に関する基礎的な知識・スキルを身につけるための指針です。一方のDSS-Pは、DXを推進する専門性を持った人材の育成・採用に向けて、必要な役割やスキルを定めたものです。。2026年4月に公開されたVer.2.0では、ビジネスアーキテクト、デザイナー、データサイエンティスト、データマネジメント、ソフトウェアエンジニア、サイバーセキュリティの6つの類型が示されています。特に、AI活用の前提となるデータ整備・管理・利活用の重要性を踏まえ、「データマネジメント」類型が新設された点は、現在のDX人材に求められる役割の変化を象徴しています。
整理すると、
・DSS-L → 全社員に必要なDXの基礎
・DSS-P → 中心になってDXを推進する人に必要な専門性
と考えると分かりやすいと思います。

身近な事例 「全社員に生成AIを配った会社」
例えば、ある会社が全社員に生成AIを使える環境を用意したとします。
「自由に使って業務を効率化してください」と伝えるだけでは、よく使う人とほとんど使わない人に分かれます。便利な使い方が広がっても、機密情報を入力してよいのか、AIの回答をどこまで信用してよいのか、成果をどう測るのかが曖昧なら、会社としての活用は進みません。
ここでデジタルガバナンス・コードの考え方に照らせば、経営陣が率先して「着地点はどこか」「AIでどの業務や顧客価値を変えたいのか」「誰が監督し、責任を持つのか」「人材をどう育てるのか」「安全性をどう確保するのか」「成果を何で確認するのか」を、企業全体で決めることができます。
さらにDSSを活用することで、全社員には自社のDXの方向性や、AIやデータを使うための基礎を身につけてもらい、DXを推進する人には、ビジネス、データ、システム、セキュリティなど役割に応じた力を高めてもらう、という育成につなげられます。
ガバナンスと人材育成はセット
DXが進まない理由を「社員のデジタルスキルが足りないから」と考えてしまうことがあります。しかし、人材だけを育てても、会社として目指す方向や任せる役割が決まっていなければ、学んだ力を活かせません。
逆に、立派なDX戦略を作っても、それを実行できる人がいなければ動きません。
経営陣が方向を示し、組織全体で動ける環境を作り、人が必要な知識やスキルを身につけ、実務で試し、成果を見て修正する。この循環を早く回していくことが大切です。
まとめ
デジタルガバナンス・コード3.0は、DXを経営課題として進めるための考え方です。デジタルスキル標準は、すべてのビジネスパーソンがDXに参画するために身につけるべき基礎知識と、DXを推進する専門人材に必要な能力を定義したものです。
DXは、一部の詳しい人だけが頑張る「個人技」では続きません。経営、組織、人材、システム、セキュリティ、成果確認までをつなげ、会社の推進力にしていくことが重要です。
ポイント
デジタルガバナンス・コード3.0は、DXを経営課題として進めるための考え方
DSS-Lはすべてのビジネスパーソン、DSS-PはDXを推進する人材のためのスキル標準
DXは個人技ではなく、経営の方向性と人材育成をつなげて組織の力にすることが重要
最後に、自分の仕事を一つ選び、「今の仕事に必要なデジタル技術・スキル」と「半年後に必要になりそうな技術・スキル」を二つの列に分けて書き出してみてください。
さらに、その力を身につけたときに、「誰の、どんな課題を解決できるのか」まで考えてみましょう。
「DX用語を覚える」から、「自分の仕事を変える」へ。
この意識改革がこの10回の連載のゴールです。
この連載ではさまざまなDX用語を取り上げてきました。用語を知ることそのものはゴールではありません。「これは何のために使うのか」「自分の仕事とどう関係するのか」を自分の言葉で説明できて、初めて実務で使える知識になります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次の連載も準備中です。楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

DXビジネスアンバサダー
岸 晶子
きし あきこ
都市銀行勤務後、出産を経て専業主婦に。3人の子育てが一段落した際にデジタルリスキリングを実施。その経験を活かしDXビジネス教育に関するコラム記事や大学向け教材作成などを手がける。
