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第2回:DXの定義の議論は不毛、DX5段階のレベル分け
[特別寄稿]連載/DXの成功と失敗の本質
第2回:DXの定義の議論は不毛、DX5段階のレベル分け
2022年1月より「経済産業新報」にて連載されている住友生命の岸和良氏(理事・デジタルオフィサー)の執筆記事「DXの成功と失敗の本質」(全6回)を特別寄稿いただきました。
※「経済産業新報」は、株式会社経済産業新報社が月に2回発行する、わが国の産業界の司令塔ともいうべき経済産業省の政策を報道し続けている、唯一の専門新聞です。
筆者紹介:岸 和良 氏
住友生命保険相互会社 理事 デジタルオフィサー
生命保険基幹システムの開発・保守、システム企画、システム統合プロジェクト、生命保険の代理店新規拡大やシステム標準化などを担当後、DX型健康増進型保険Vitalityの開発責任者を担当。現在はデジタルオフィサーとして、デジタル戦略の立案・社内人材教育・対外のイノベーティブ人材育成活動などを行っている。
第2回:DXの定義の議論は不毛、DX5段階のレベル分け
住友生命保険では現在、2018年から提供しているDX型健康増進保険「Vitality」をベースとしたデジタル案件を推進し、これを担うDX企画・推進人材の育成に注力している。
筆者は5年前から南アフリカ共和国Discovery社との共同事業であるVitalityプロジェクトに携わり、2021年よりデジタルオフィサー(デジタル全般の推進責任者)としてDX推進やDX人材育成を実施中である。
前回は、DXの本質は「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」を使う経営改革であることを説明した。今回は、筆者が現場で経験した事例を使い「DX」という言葉を定義しないと現場でいろいろなDX解釈が生まれ混乱することを説明する。
現場で発生する「多種多様なDX」
DXを推進するためには、自社の経営上の目的を明確にした上で、それをどのような手段で進めるかを考えることが必要になる。「自社DXの定義」を理解し、進めるべき「DX」とは何かを具体的に決めることが欠かせない。そうでない場合、人によってDXの意味が異なることになってしまい、たとえば、「上司の言うDX」、「部下の思うDX」、「社長のやりたいDX」、「システム部門のDX」という具合に、各自が異なるものをイメージしてしまいプロジェクトが前に進まない可能性がある。
実際に住友生命の初期のDX検討(3年前)では、当初は社内で意見が分かれた。ある部長は「DXとは既存業務をデジタル化すること」と言い、別の部長は「DXはビジネスモデルを含めた経営改革だから、部長レベルではなく経営問題として方針を決めるべき」と主張した。これを筆者は、ある方法で解決したが、それは後程説明する。
このように「DXをしてみよう」や「とにかくDXを進めよう」という掛け声だけの場合、「既存業務のデジタル化」なのか、「新しいビジネスモデルによる経営改革なのか」で現場が迷い、何から始めるべきかを永遠に議論する状況になる。結果、「とりあえずDXの定義から始めよう」と、これに時間を費やすことになる。
「DXの定義」を永遠に議論する現場
「DXとは何か」を考えるようになった現場では、DXの定義を議論することが目的になってくる場合も多い。DXに似た言葉に、デジタイゼーション、デジタライゼーションがある。これらは既存ビジネスモデル内でのデジタル化を意味し、ビジネスモデルを刷新し、価値創造をするDXとは異なるものであるが、これが定義問題をややこしくする。
「それはDXではなく電子化だ」、「デジタイゼーションとデジタライゼーションの違いは顧客価値があるか否かだ」、「DXまでいかないデジタル化でとどまっている会社が多く、真のDXが実現できていない」などが現場で議論されることになるが、多くの企業では、デジタイゼーションなのか、デジタライゼーションなのか、デジタルトランスフォーメーションの区別はついていない。これらを厳密に分けて理解する必要はなく、定義問題で時間を無駄にすることは避けるべきである。
DXを5段階でレベル分けして社内共有する
これを避けるために筆者はDXを広く捉え、ビジネスモデルの変更がともなうか否かなどを軸にして、DXの「5段階」として定義している。定義的にはデジタル化とDXは異なるものであるが、多くの企業のビジネス部門、システム部門の人は、それを分けて議論するところまで到達していないから、実務ベースではまったく問題ない。筆者はこれで住友生命の定義問題を解決した。
レベル | 内容 |
レベル1 | 既存のビジネスモデルの中で、電子化等によって業務の一部を効率化すること。
→デジタイゼーションと呼ばれるもの。 |
レベル2 | 既存のビジネスモデルの中で、業務の全体を一環して電子化して効率化すること。
→デジタライゼーションと呼ばれるもの。 |
レベル3 | 既存のビジネスモデルの中で、今までにない価値を既存市場に提供すること。
→例として、スーパーが、コロナ禍でネットスーパーサービスを導入するケースなどが該当する。コロナ禍で外出したくない客に店に行かずに商品を購入できる価値を創造する狭義のDX。 |
レベル4 | ビジネスモデルの変換まで行い、今までにない価値を既存市場だけでなく新市場に提供する狭義のDX。
→例えばAWS(Amazon Web Service)が該当する。AWSは、Amazonが、法人向けに提供しているクラウドサーバサービスであり、これによりコンピュータシステムを安く、早く導入できる価値を顧客に提供し、新しいビジネスモデルを確立した。 |
レベル5 | 破壊的ビジネスモデルによって他業界を席捲する究極的なDXの形。
→例として、シェアリングビジネスモデルのUber(自動車と利用者のマッチング)、Airbnb(部屋と利用者のマッチング)などが該当する。それぞれ、新しい自動車利用価値や新しい宿泊価値を創造し、新しいビジネスモデルを確立した。 |
たとえば、紙の電子化のうち顧客で処理が完結すればレベル2、完結せずに事務作業が入ればレベル1であるが、その差はあまり大きな問題ではない。
しかし、レベル1や2の案件とレベル4や5の案件は相当に難易度が異なり別レベルの話になるので必要な知識が違ってくる。
レベル1やレベル2の既存業務で使う帳票の電子化のレベルなら必要な知識は多くはないが、レベル4や5の場合は案件と呼べるものでなく、もはや起業や新規事業など大規模なものになり、必要な知識もスキルも大量に必要になる。
このため、DX案件を推進する場合は、どのレベルの案件を手掛けるのかをしっかり考え、自社がどのレベルのことをしようかを考えて、経営層や現場で合意して進めていくことが必要である。
既存ビジネスを展開する多くの日本の既存企業は、レベル3を目指すことが多いはずだ。レベル4やレベル5まで行くと既存ビジネスとカニバリズムを起こす可能性があり、現場がジレンマに悩むからだ。
DXの現場ではイノベーションのジレンマが常に起きる可能性があるので、これら定義をしっかりしてからDXを進めるようにするのが良いだろう。
[第2回 了]
<お知らせ>
本連載の著者、岸様が執筆された
「DX人材の育て方 ~ビジネス発想を持った上流エンジニアを養成する~」が
2022年4月15日に株式会社翔泳社から刊行されました。
著者:岸 和良氏, 杉山 辰彦氏, 稲留 隆之氏, 中川 邦昭氏, 辻本 憲一郎氏共著
【翔泳社Webページ】はこちら 【Amazonページ】はこちら
連載記事その他の回はこちらかどうぞ
連載/DXの成功と失敗の本質
■第1回:第1回:DXは「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」
■第3回:企業のビジネスバリューごとにDXの取組みは千差万別
■第4回:DXの手段と目的を正しく問う
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